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2021年開催の日本オリンピックを振り返り

コロナ禍のもと開催された、57年ぶりの日本での夏季オリンピック。 私の感想としては 「これが今の日本を表す象徴」と映った。 忙しく時間もないので、オンラインで飛ばし気味に見た開会式。 ドローンを今の最新技術で飛ばすも、アイデア・発想としては韓国の二番煎じ。 演出も、ツイッターで散々言われているように学芸会並。


特に私が落胆したのは 閉会式の光の粒事件。 そもそも、開会式で落胆してしまったので、閉会式は見てもいなかったのだが、のちにツィッターやyahooの記事を見て落胆してしまった。 それはこのツィートだ。

何と、皆が唯一認めた演出が、現場で再現されたものではなく、画像のみで閲覧可能なCGだとは・・・・ これは、さすがに恥ずかしい。 私の想いを皆も抱いていた。

そう。 私も日本人としての自信と誇りを失ってしまいそうな事であった。 ただ、大切なことがある。 確かに、これは時の企業電通やパソナが企画し、その結果こうなったものだが、大きな枠で捉えれば、我々日本人、もっといえば世界全人類の「現在の念の集合知」が結集した結果だといえるのだ。 言い換えれば、その責任の80億分の一が我々一人一人にあるということだ。 一人の念が個を 自分そして家族たちの念がファミリーを そしてファミリーの集まりが地域を また、別の切り口では企業という集団念を形成していく。 最終的に出来上がるのが日本や世界、そして宇宙という総合念である。 元をたどれば、全て、あなたや私の「個念」からこの世は成り立っている。 そう考えると 先のオリンピックでの事象も 自信を失うことは大切だと思う。それはひとつの気づきだから。 ただ、その後が大切。 なぜ、そんな日本になってしまったのか なぜ、このような状況を許す世界になってしまったのか。 その答えを外の世界に求めることは簡単だが、大概外に求めた場合、それは愚痴となり解決はしない。 では、どうすれば良いのか。 「自分」だ。 全てを「自分」発にして物事を捉えることだ。 自信を失ってしまうような日本、そしてそれをとりまく世界がある。 ならば「自分」がその一部を変革してみる そのような想いが今求められているのではないだろうか。


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